
こんにちは、アルファ日暮里駅前のBlog担当です。今は5月ですよね?もう7月とかじゃないですよね?
胸で感じる「気になること」
私たちは、一人ひとりみんな違います。同じ景色を見ても、同じ言葉を聞いても、同じように感じるとは限りません。けれども長く同じ文化の中で暮らしている人たちは、似たような反応や表現をすることがあります。例えば、日本語には、「胸が痛む」「胸がしめつけられる」「胸がつかえる」といった表現があります。気になることや不安がある時、私たちは「胸」で感じることが多いようです。もちろん、本当に心臓や肺の病気が隠れていることもありますから、気になる症状がある時には医療機関で相談することは大切です。ただ、検査では特に異常がないのに、「苦しい感じ」だけが残ることもあります。こうした気持ちの不調を『胸の不調』として感じるということは、日本だけでなく外国でも昔からあるようです。
「ヒポコンドリー」という言葉
「ヒポコンドリー」という言葉があります。これは、身体には特に異常がないのだけれど、「自分は重い病気にかかっているのではないか」と強く思い込み、不安を感じ続けてしまう状態のことを言います。耳慣れない言葉ですが、語源はギリシャ語です。「ヒポ」は「〜の下」、「コンドル」は「肋骨の下の部分」を意味しています。つまり、お腹や胸のあたりにいつも違和感があり、「何か悪い病気なのでは」と不安になっている状態を表す言葉だったのです。
この感覚は、身体の病気だけに限りません。こころの不調についても、「もしかして自分はおかしいのでは」「このまま悪くなったらどうしよう」と考え続けてしまい、不安が胸から離れなくなることがあります。気になれば気になるほど、さらに気になってしまう…そんなループに入ってしまうこともあるのです。
「よりよくありたい」という気持ち
医学者の岩井寛先生はご自身の本の中で、ヒポコンドリーが強い人について、「対人関係においても、自分が相手に不快感を与えているのではないか、と気になるのである」と書かれています。また、「よりよく生きたいという『生の欲望』が強ければ強いほど、よりよく生きられなかったらどうしよう、という不安も強くなる」とも述べられています。
別な言い方をすると、ヒポコンドリーが強い人は「どうでもいい」と投げ出してしまう人なのではなく、むしろ「ちゃんと生きたい」「よりよくありたい」という気持ちが強い人だとも言えます。「こうあるべきだ」「こうなっていたい」という理想や目標が高いからこそ、少しの違和感や不安にも敏感になってしまう。そして、その敏感さが胸のつかえのような感覚につながり易いのかもしれません。
自分の「胸のつかえ」とつきあう
自分のことを理解する感覚のひとつに、「フェルトセンス」というものがあります。これは、「いま感じている身体の状態を、そのまま受け止める感覚」のことです。ヒポコンドリー的な不安も、必要以上に反応しすぎなければ、自分自身の状態を知るためのモニタリングとして役立ちそうです。
「胸が苦しい」「なんだか不安だ」。そんな時に、「また考えすぎだ!」と無理に押さえつけるのではなく、「ああ、自分はいま不安なんだな」と、いったんそのまま受け止めてみる。そして、「どうしてこんなに苦しいんだろう」と悩むよりも、「ちゃんと生きたい気持ちが強いんだな」と少しだけ見方を変えてみる。そうすると、胸のつかえも少し楽になりそうですね!
考え方いろいろ。自分の感じ方を無理に否定するのではなく、「いま、こう感じているんだな」と受け止めてみることも、こころを守る方法のひとつなのだと思います。
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