
こんにちは、アルファ日暮里駅前のblog担当です。線状降水帯って、もはや暴力ですよね…。
時々耳にするフレーズ
就労移行のご支援をしていると、利用者さんから「私には●●するのは無理だと思います」「きっとできません」といった言葉を聞くことが時々あります。もう少しお話を聞いてみると、「以前にやったことがあるのですが結局できなかったので、今後も無理だと思います」とか、「やったことはないけれど、きっとできないと思います」といった言葉が続くこともあります。
この判断や感情に名前を付けたとすると、それは「諦める」がぴったりするように思います。
諦めるとはどういうことか?
辞書なりネットなりで「諦める」の定義を確認すると、だいたいは「希望や見込みがないと考えて、望むのをやめること」という意味だと教えられると思います。言い方としては「もうやめた」とか「やってもしょうがない」でしょうか(もしかして口癖になってたりしませんか?)。
もうすこし深掘りして言葉の意味を調べると、「もともとは『物事の道理を明らかに見極め、納得して受け入れるというポジティブな意味』を持つ仏教の用語なのです」なんていう結果も出てきたりします。なるほど、もとの意味から外れて、次第次第にネガティブワードになってきた言葉なんですね。
どんな時に諦めたのかを思い出してみよう
先ほど「もうやめた」あるいは「やってもしょうがない」という二つの例を出しましたが、よく見ると時間的な位置が違います。「もうやめた」は、ある程度やってから言う言葉、「やってもしょうがない」はやる前から言う言葉ですね。あなたはどっちをよく使いますか?
アクションの前後、という見方をすると時間的な位置が違いますが、もう少し視野を広げてみると、どちらも学習や経験の結果として出てくる言葉のようです。
「学習性無力感」を知っていますか?
学習性無力感(学習性無気力症候群)とは、失敗や不快な体験を繰り返すうちに「何をしても無駄だ」と学習することで、ついには自分から状況を改善しようという行動をしなくなる心理状態を指します。
これは(かわいそうなことに)犬を使ってアメリカの心理学者マーティン・セリグマンらが1967年に発表した、『何をしても状況を変えられない経験が「どうせ無駄だ」という無気力を生む』ことを証明した心理学実験で確かめられています。調べてみるとわかりますが、犬好きの人にはちょっと耐え難い実験でした…。
この実験から、「やってもできなかった」「やってもなにも変わらなかった」という諦めの気持ちは経験や学習から起き、しかもそれはひっくりかえすことが難しい…ということが分かりました。
諦めることと正しく評価することは違う
確かに昨日までできなかったことが今日いきなりできることはほとんどありません。ただし「練習し続けていれば」話は別です。
blog担当者は長年ヨガをやっているのですが、実は倒立のポーズが5年もの間、まったくできませんでした。それがある日、スルッとできるようになったことがあります。毎日練習していたら、急に。「なんでできなかったの?」という感じで。
「継続は力なり」とかそんながんばった言い方をしなくてもいいのです。
「どうせできない」と思うより「やってたらいつかはできるかもね」とユルく構えていたほうが、思わずスルッとできてしまったりしますよ!
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