
こんにちは、blog担当です。5月はもうすぐ終わり、6月に入ります。いまさらですが、6月って祝日がないんですよね。なんだか「5月で使い果たしてしまった…」という気がして仕方がありません。
記憶の段階
さて今回は、人間の記憶する能力についての記事です。「記憶には3つのプロセスがあり、4つの段階がある」と言われることがあります。3つのプロセスとは記銘(できごとやものごとを、主に脳で覚えこむこと)、保持(覚えたことを覚え続けること)、想起(覚えたことを思い出すこと)です。イメージとしては、記銘(洗濯物を取り込んで畳む)・保持(畳んだ洗濯物をタンスの引き出しにしまう)・想起(タンスの引き出しを開けて服をひっぱり出す)、という感じでしょうか。4つの段階とは、この記銘・保持・想起に「忘却」(忘れる、記憶から消す)が加わります。
記憶というと、ふだんは「覚えること」を中心に話すことが多いのですが、今回は4段階目の「忘却」のご紹介です。
「忘れる」とは?
忘却とは「記憶したことを忘れる・消去する」、つまり記憶を整理する段階です。『ワーキングメモリ』という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。ワーキングメモリは作業机の上のようなもので、道具や材料を出したりしまったりする場所です。机の上はそれほど広くないので、材料(=記憶)を覚えたり忘れたりして、机の上が散らからないようにしています。
ワーキングメモリは短い記憶ですが、長い記憶(例えば子どもの頃の思い出など)も、もちろん忘れてしまうことがあります。
「思い出せない」と「忘れてしまった」
ところで、「思い出せない」と「忘れてしまった」は、同じようでまったく違うことです。「思い出せない」は記憶しているけれども出てこない、つまりタンスの中のどこかにはある筈なのに出てこない服…の状態です。これに対して「忘れてしまった」は、捨ててしまったので、もうタンスの中のどこにもない服のようなものです。捨ててしまった服が出てくることはないので、いくら探しても出てこないですね。
忘れることは大切
この「忘れる」という機能は、とても大切なものです。私たちは生きていく上で、覚えることがたくさんあります。起きて・食べて・出かけて・仕事や勉強をして・人と会って話をして・また食べて・帰ってきて・本やテレビやネットを見る。この体験をぜんぶ覚えていたらパンクしてしまいます。それに、もちろん、人生いいことばかりではありません。イヤなことや悲しいこともたくさんあります。この記憶を持ち続けて思い出し続けていたら、心がすり減ってしまいます。
アンガーマネジメントを学んだことがある人ならば、「イヤなことやモヤモヤすることがあったら、紙に書いて、ビリビリに破ってゴミ箱に捨ててしまいましょう。捨てたらスッキリ忘れるので気分がよくなります」という方法を聞いたことがあるかもしれません。でもこれ、スッキリするのは一時的で、しばらく経つとまた思い出してモヤモヤすることがあります。それは、忘れていない、つまり気持ちや記憶は整理できていないのです。「忘れたような気になっただけ」なんですね。
イヤな思い出は、自分を縛る「思い込みの鎖」のようなものです。思い込みの鎖に縛られると、辛い思い出やイヤな考え方に引き摺られていつもマイナスの方へ引っ張られてしまいます。辛い記憶からは少しずつ距離をとって、「いつも頭の中にある」状態から離れていけるようにすること。責任から逃れるために忘れるのではなく、自分の選択肢を増やすために積極的に忘れてみませんか?
お問合せはこちらをクリック↓
クリックするとマップが開きます↓
メールやLineでもお問い合わせください!


こんにちは、アルファ日暮里駅前のBlog担当です。先日、地元でスリランカフェスティバルがあったので行ってきました。食べ歩きをしたかったのですが、事情があってパス。来年こそは!

「やる気が出ない」はよくあること
「なんだかやる気が出ないなあ」と思うことはありませんか? たとえば月曜日の朝。「毎朝そうだよ!」という人もいるかもしれません。
では、そもそも「やる気」とは何なのでしょうか。「モチベーション」という言葉と近い意味で使われることが多いのですが、少し違うような気もします。実際、Google翻訳で「やる気」を英訳すると “Motivation” と出ますが、逆に “Motivation” を和訳すると「モチベーション・刺激・感興・挑発・感化」など、かなり幅広い意味になります。和訳の結果がカタカナの「モチベーション」なのも、なんだか不思議ですね。
私は、モチベーションを「行動を続ける力」、やる気を「行動を始める力」という感じで使い分けています。「始める時のエネルギー」という意味で「やる気」を考えると、少し分かりやすくなる気がします(もちろん「ちょっと違うなぁ」という考え方もアリです!)。
やる気スイッチの正体?
ここ数年、「脳科学」という言葉を耳にすることが増えました。脳科学的な説明によると、やる気には「ドーパミン」という神経伝達物質が関係しているそうです。つまり、「やる気スイッチ」とは、「押すとドーパミンが出るスイッチ」と考えることもできるわけですね。
このドーパミンは、「楽しそう!」「うまくいきそう!」「ご褒美がありそう!」という期待がある時に出やすいと言われています。つまり、やる気とは「期待」とかなり関係が深いのです。逆に言えば、「どうせ無理」とか「やっても意味なし」と感じると、やる気はなかなか出てこないことになります。
ただ、人間は機械ではありません。ボタンを押したら必ずやる気が出る、という単純なものでもないようです。やる気は極まった手順を踏めば出てくるというものでもないのですね。
やる気が出ない時の工夫
では、どうしてもやる気が出ない時はどうしたらよいのでしょうか。世の中にはいろいろなやり方があるので、ちょっと挙げてみましょう。
ひとつは、「つべこべ言わずにやる」という方法。かなり昭和的ですが、「仕事だから」「決まっていることだから」と、自分の外側にあるルールを利用して動いてしまうやり方です。ただ、これは「期待」ではなく「義務」で動く方法なので、長続きしにくいこともあります。令和の時代には合ってませんね。
逆に、「やる気が出ないな」と考える前に始めてしまう方法もあります。歯みがきやトイレのように、考える前に動いてしまう。つまり、「先手必勝」タイプです。
また、「結果にこだわらない」という考え方もあります。禅やヨガに近い発想ですが、「期待するから苦しくなる。だったら期待なんかせずに淡々と進めればよい」という見方です。修行好きな人にぴったり!
そして、「自分にご褒美を与え続ける」という方法もあります。「終わったら好きなお菓子を食べよう」「今日はここまでできたらゲームをしよう」「頑張ったら昨日より成長した自分を褒めよう」。期待をどんどん育てていく方法です。いつもポジティブな起業家向けですね。
「これが正解」はない
ここまでいろいろな方法を紹介しましたが、「これが唯一の正解!」というものはありません。やる気が出ないまま少し休むのもひとつ。とりあえず始めてしまうのもひとつ。期待を持たず淡々とやるのも、自分にご褒美を与えながら進むのも、どれもやり方です。
大切なのは、「やる気が出ない自分」を必要以上に責めすぎないことなのかもしれません。私たちは毎日ずっと同じ状態ではありません。疲れている日もありますし、不安が強い日もあります。そんな時に、「やる気がない自分はダメだ」と決めつけるより、「今日はこういう日なんだな」と受け止めてみる。
お問合せはこちらをクリック↓
クリックするとマップが開きます↓
メールやLineでもお問い合わせください!


こんにちは、アルファ日暮里駅前のBlog担当です。今は5月ですよね?もう7月とかじゃないですよね?
胸で感じる「気になること」
私たちは、一人ひとりみんな違います。同じ景色を見ても、同じ言葉を聞いても、同じように感じるとは限りません。けれども長く同じ文化の中で暮らしている人たちは、似たような反応や表現をすることがあります。例えば、日本語には、「胸が痛む」「胸がしめつけられる」「胸がつかえる」といった表現があります。気になることや不安がある時、私たちは「胸」で感じることが多いようです。もちろん、本当に心臓や肺の病気が隠れていることもありますから、気になる症状がある時には医療機関で相談することは大切です。ただ、検査では特に異常がないのに、「苦しい感じ」だけが残ることもあります。こうした気持ちの不調を『胸の不調』として感じるということは、日本だけでなく外国でも昔からあるようです。
「ヒポコンドリー」という言葉
「ヒポコンドリー」という言葉があります。これは、身体には特に異常がないのだけれど、「自分は重い病気にかかっているのではないか」と強く思い込み、不安を感じ続けてしまう状態のことを言います。耳慣れない言葉ですが、語源はギリシャ語です。「ヒポ」は「〜の下」、「コンドル」は「肋骨の下の部分」を意味しています。つまり、お腹や胸のあたりにいつも違和感があり、「何か悪い病気なのでは」と不安になっている状態を表す言葉だったのです。
この感覚は、身体の病気だけに限りません。こころの不調についても、「もしかして自分はおかしいのでは」「このまま悪くなったらどうしよう」と考え続けてしまい、不安が胸から離れなくなることがあります。気になれば気になるほど、さらに気になってしまう…そんなループに入ってしまうこともあるのです。
「よりよくありたい」という気持ち
医学者の岩井寛先生はご自身の本の中で、ヒポコンドリーが強い人について、「対人関係においても、自分が相手に不快感を与えているのではないか、と気になるのである」と書かれています。また、「よりよく生きたいという『生の欲望』が強ければ強いほど、よりよく生きられなかったらどうしよう、という不安も強くなる」とも述べられています。
別な言い方をすると、ヒポコンドリーが強い人は「どうでもいい」と投げ出してしまう人なのではなく、むしろ「ちゃんと生きたい」「よりよくありたい」という気持ちが強い人だとも言えます。「こうあるべきだ」「こうなっていたい」という理想や目標が高いからこそ、少しの違和感や不安にも敏感になってしまう。そして、その敏感さが胸のつかえのような感覚につながり易いのかもしれません。
自分の「胸のつかえ」とつきあう
自分のことを理解する感覚のひとつに、「フェルトセンス」というものがあります。これは、「いま感じている身体の状態を、そのまま受け止める感覚」のことです。ヒポコンドリー的な不安も、必要以上に反応しすぎなければ、自分自身の状態を知るためのモニタリングとして役立ちそうです。
「胸が苦しい」「なんだか不安だ」。そんな時に、「また考えすぎだ!」と無理に押さえつけるのではなく、「ああ、自分はいま不安なんだな」と、いったんそのまま受け止めてみる。そして、「どうしてこんなに苦しいんだろう」と悩むよりも、「ちゃんと生きたい気持ちが強いんだな」と少しだけ見方を変えてみる。そうすると、胸のつかえも少し楽になりそうですね!
考え方いろいろ。自分の感じ方を無理に否定するのではなく、「いま、こう感じているんだな」と受け止めてみることも、こころを守る方法のひとつなのだと思います。
お問合せはこちらをクリック↓
クリックするとマップが開きます↓
メールやLineでもお問い合わせください!


こんにちは、アルファ日暮里駅前のBlog担当です。私たちの事業所がある首都圏では、早くも夏日を迎えています。そう言えば今年の4月から、気象庁は「最高気温が40℃以上に達する日」を「酷暑日」と呼ぶことにしました。「40℃以上の日」と説明されるよりも、「酷暑日」とひとつの言葉で言われた方が、「とんでもなく危険な暑さなんだな…」という感じがしますね。言葉にすることで、ぼんやりしていたものが急にはっきり見えてくる。今回は、そんな「言語化」について考えてみたいと思います。
言語化するってどういうこと?
みなさんが考えごとをする時、頭の中ではどうやっていますか? 絵や写真のようにイメージで考える? 音楽のように音で考える? それとも匂いや感覚で考える? 人によって違いはありますが、多くの人は頭の中である程度は「言葉」を使って考えています。文字かもしれませんし、頭の中で自分に話しかけるような声かもしれません。
ただ、気持ちや感覚のままになっていて、うまく言葉になっていないこともよくあります。「なんだかイヤ」「なんとなくモヤモヤする」「たぶん悲しい」。そんなふうに、ぼんやりしたまま頭の中に残っていることはありませんか? 「言語化する」というのは、そういうあいまいなものに言葉を与えて、「自分はどう感じているのか」「何が起きているのか」をはっきりさせていくことなのだと思います。
言語化とは「具体化」
「言語化する」は、「具体的にする」と言い換えることもできます。たとえば、「やばい、うまい!」と言われるより、「上品な甘さと、口の中でふわっと溶ける食感。このどら焼き、最高!」と言われた方が、「なるほど、おいしそう!」と伝わる気がします。
具体的な言葉にすると、いいことがいくつかあります。ひとつは、「どこがどういいのか」「どこがどうつらいのか」が、自分でも分かりやすくなること。もうひとつは、相手に誤解なく伝えやすくなることです。そして、自分でも気づいていなかった気持ちに気づけることがあります。「本当は悲しかったんだ」「怒っていると思っていたけど、不安だったんだ」と分かることもあるでしょう。これまでのBlogでも、「自分の気持ちを書き出してみる」「考え方を記録してみる」という話をしてきましたが、それも言語化のひとつですね。
具体的にしすぎることの落とし穴
ただし、「言葉にすること」は、いつでも良いことばかりではありません。いちど言葉にしてしまうと、「きっとそうに違いない!」と思い込みが強くなってしまうことがあります。
たとえば、「あの人は私のことが嫌いだ」と言葉にしてしまうと、そのあと相手が少し無愛想だっただけで、「やっぱり嫌われているんだ」と感じてしまうかもしれません。本当は、相手が疲れていただけだったり、たまたま急いでいただけだったりするのに、です。具体的に言葉になったものは、正しいことのように見えやすいのです。
また、誰かが言ったことや、本に書いてあったことを、そのまま自分の言葉のように受け取ってしまうこともあります。「私は繊細だから」「こういう性格だから仕方ない」と言葉にした瞬間に、自分の可能性を狭くしてしまうこともあるかもしれません。
「今はまだ言語化しない」という選択
学校や会社では、「ぼんやりしていないで、ちゃんと考えなさい」と言われることがよくあります。どうやら今の社会では、いつもはっきりさせて、きちんと言葉にして、すぐに結論を出すことが「大人のやり方」らしいのです。
でも、いつもそれでは疲れてしまいます。言葉にしようとしても、うまく言えない時もあります。そんな時に、「ちゃんと説明できない自分はダメだ」と思わなくてもいいのです。
無理に言葉にしなくても、「まだうまく言えないけれど、なんとなくこんな感じがする」で止めておいてもいい。あいまいなまま、少し時間を置いてもいい。ぼんやりしている時間や、はっきりしないまま持っている時間があるからこそ、あとになって「あ、こういうことだったんだ」と見えてくることもあります。
言語化することは、とても役に立つ道具です。でも、いつでも使わなければいけないわけではありません。「今はまだ言語化しない」という選択も、私たちにとって大切な考え方なのだと思います。
お問合せはこちらをクリック↓
クリックするとマップが開きます↓
メールやLineでもお問い合わせください!



