こんにちは、就労移行支援事業所 アルファ日暮里駅前のblog担当です。
きょうはちょっとした心の持ちようについてのお話です。
【 一流ブーム】に疲れていませんか?
本屋さんやWebメディアを見ていると、「こんな時、○○する人は三流、●●する人は二流。では一流の人は…」といったタイトルの記事や本を目にすることがあります。こうしたフレーズは、つい気になって読んでしまいますし、「自分も一流にならなくちゃ!」と焦りを感じる人も少なくないのではないでしょうか。特にSNSなどで「一流の習慣」や「一流の考え方」がシェアされると、その差を埋めようと努力しなければと思ってしまいます。いざ努力をしてみても、なかなか思ったような「一流の人」には近づけなくて、だんだん疲れてどうでもよくなってしまう…そんな経験、ありませんか?
「一流になる」って幸せの証?
でも、よく考えてみると本当にそうでしょうか。○○する人は三流で、●●する人は二流だと、誰が決めたのでしょうか?そして三流より一流であることは、無条件によいことなのでしょうか?確かに「一流」という言葉にはとてもキラキラした響きがありますし、社会的な成功や高い評価を連想させます。しかし、それがすべての人にとって幸せや価値の基準になるとは限りません。むしろ無理に「一流」を目指すことで、本来の自分らしさを見失うこともあるのでは?
辞書に載ってる“一流”と、あなたの“一流”
そもそも、「一流」という言葉は何を意味するのでしょう?辞書では、「一流とは、その分野で最も優れていること」と説明されています。それでは「二流」「三流」とは、いったい何でしょうか。どうやら単純に「一流より劣る」という位置づけのようです。しかし、この評価はあくまで比較の上で成り立つものです。例えば芸能界で「一流」と呼ばれるのは誰でしょう。ある人にとっては人気俳優、別の人にとっては実力派の歌手かもしれません。アイドル好きの人なら、もちろん推しのアイドルでしょう。このように、一流の基準は人によって違うのです。あなたにとっては、誰が一流ですか?
他人の物差しじゃなく、自分基準で生きよう
大切なのは、「価値観」と「多様性」を認めることです。人それぞれ背景や価値観が異なり、すべてを同じ物差しで測ることはできません。「一流」「二流」「三流」というラベルは、それを決める人の価値観によって変わります。見る人が変われば、その評価も変わるのです。だからこそ、世間の評価に振り回されず、自分が大切にしたい価値を見つけ、自分なりの「一流」を目指すことがたいせつですね。
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